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会社法は、取締役が自己または第三者のために御社の事業と同じ種類の事業をしようとするときは、株主総会(取締役会設置会社の場合は取締役会)において重要な事実を開示し、その承認を受けなければならないと規定しています(会社法356条1項1号)。これを取締役の「競業避止義務」といい、その結果、Aが甲社を代表して御社と競合する事業を営む際には、まず御社の承認を得る必要があります。
❶競業避止義務
取締役は、自らの会社の営業機密等に精通しているため、取締役がその知識や経験、人脈等を利用して会社と同じ種類の事業を行うことは、会社の利益を害する危険性があります。このようなことを予防するために、会社法は、取締役に競業避止義務を課し、競合する取引を行う場合には、事前に会社の承認を得ることを要求しています。
ご質問のように取締役が代表を務める別会社を設立し、その別会社によって競業取引をする場合にも、実質的には取締役個人の行為と同視できますので、結論は変わりません。以下では、取締役個人による競業を前提としてご説明しますが、ご質問のように別会社の代表取締役として競業する場合も同じです。
❷競業避止義務に違反する取引
それでは、取締役が事前に会社の承認を得ずに競合する取引を行った場合はどうなるでしょうか。取締役が行った取引は取締役と会社以外の第三者との間の取引ですから、当事者でない会社が取引の無効を主張することはできません。会社としては、承諾のない取引を行った取締役に対する損害賠償請求で対応することになります。この場合、「競業によって取締役が得た利益」が会社の受けた損害額と推定されるため(会社法423条2項)、取締役が得た利益に相当する金額の支払いを求めることができます。
このほか、緊急性の高い場合には違法行為の差止めを求める仮処分という手続きを利用することも考えられますし、違法行為をした取締役を解任する手続きも用意されています。それぞれの手続きの詳細については、最寄りの司法書士にお尋ねください。
❸取締役との事前合意
ところで、取締役に就任している方は会社法の規定する競業避止義務について理解している方ばかりではありません。そこで、あらかじめ競業禁止、秘密保持等の注意喚起をする趣旨で、取締役との間で合意書を交わしておくことも一案です。合意条項の中に「契約違反をした場合には違約金として金○円を支払う」という規定を設けておくことにより、煩雑な損害賠償請求手続きを回避することにも役立つことでしょう。
また、会社法が規定する競業避止義務は取締役に対する規定であり、退任後の取締役の行為を直接制限する規定とはなっていません。しかし、現実には取締役を退任後、直ちに同じ種類の取引を始めるようなケースが散見されます。もっとも、退任した取締役による競業行為の態様、頻度、営業エリア等の事情によっては、不正競争防止法という別の法律に違反する可能性がありますが、いずれにしても生じた損害を回復することは簡単ではなく、多くの場合、裁判手続きを利用せざるを得ないでしょう。そこで、合意条項の中に退任後一定条件の競業を禁止する旨を定めておくことは、有効な対応策のひとつと考えられます。
なお、過去の裁判例では、長期間にわたる退任後の競業を禁止する合意や日本全国あらゆる地域における競業を禁止する合意などは、逆に退任取締役の営業権を不当に侵害する趣旨から無効と判断されている点に、ご注意ください。