遺産分割前の株式は相続人全員の共有となるため、各相続人が単独で議決権を行使することはできません。この場合、各株式について相続人間で権利行使者1人を指定し、それを会社に通知することによって、議決権を行使することが可能となります。権利行使者が決定したら、決議自体は通常どおりに行って差し支えありません。
【遺産分割前の相続財産は原則、
共有である】
遺産分割前の相続財産については、分割されずに、相続人が共有すると民法に規定されています(注)。相続人が一旦、共同で管理するというイメージです。この場合、株式100株全てにおいて相続人の共有状態が続いているということになります。
ただ、この共有状態は、あくまでも暫定的な所有形態ですから、最終的な相続財産の帰属先を決めなければなりません。これが遺産分割です。例えば、相続人が長男のほか、母と次男があるような場合であれば、遺産分割が完了すると、母○株、長男△株、次男□株と確定します。
【共有株式の権利行使方法】
株式が共有状態の場合の権利行使方法について、会社法は、共有者間で、権利を行使する者1人を定めて、その者が権利行使することができると規定しています。その権利行使者の定め方について、判例は「持分の価格に従いその過半数をもって決する」と述べています。先ほどの事例に当てはめると、各相続人の持分割合(法定相続分のことです)は、母が2分の1、長男と次男がそれぞれ4分の1ずつですから、長男が母と協力して「長男を権利行使者」と指定すれば、次男が反対していても、長男が権利行使者として100株全てについて議決権を行使することも可能になります。この権利行使者の指定や遺産分割がされなければ、100株に法定相続分を掛けると母50株、長男と次男がそれぞれ25株ずつという計算になりますが、当該株数での議決権の行使はすることができませんので注意が必要です。
【株式共有の問題点】
ここで、株式共有の問題点を一言申し上げます。議決権の過半数を行使できる者は、原則として取締役の選任及び解任を思うがままにできます。先の事例でも、仮に母が次男に協力すれば、次男が議決権を行使して自らを取締役に選任し、突如経営に関与することが可能となります。このように相続による株式の共有は、経営権争いの火種になりかねない危険性を含んでいます。では、どうすればこのような危険性を防止できるのでしょうか?
【遺言書の重要性】
一般的な方法としては「遺言書の活用」です。判例では「特定の遺産を特定の相続人に『相続させる』趣旨の遺言があった場合には、…〈略〉…当該遺産は、被相続人の死亡の時に直ちに相続により承継される」とあります。つまり、遺言書に「長男に株式を相続させる」内容を記載すれば、共有状態になることなく、長男だけが株式を相続することが確定します。遺言書によって長男が株式を相続すれば、先ほどの権利行使者を定めるというような、煩わしい協議も不要となり、長男が安心して議決権を行使できることになります。
遺言書の作成は、遺産の円滑な承継を実現するために効果的ですが、特に経営者においては、その重要性は増します。経営権の争奪戦は、身内の財産争いという話だけでは済まないからです。自社で働いている従業員をはじめ、金融機関や取引先に大きな不安を与えることでしょう。ひいては自社の信用を失墜することにもなりかねません。「株式の相続」の重要性について、再確認していただけたらと思います。
(注)金銭債権のように一部の相続財産は、相続開始とともに当然分割され、各相続人に法定相続分に応じて帰属します。
司法書士小出洋史事務所
浜松市浜北区沼75番地の1
司法書士 小出洋史 氏